「裸の王様」にだけはならないように

ここ3年ほどで,福祉および教育分野において,重度障害者のローコスト視線入力装置の利用者が一気に増えました。私もそれに大きく貢献できたと自負しております。

しかしです。ご依頼のあった講演や研修会では,ただのしがない地方国立大学の最下層教員に対して「あの伊藤先生」的な感じで扱われることがあります。ちょっとうれしい反面,こうして「裸の王様」を罹患してしまうのかなあと悲哀を感じざるを得ません。

きっと「裸の王様」の疾患が進行するとこうなります。よくある状況とそれがもたらす病態を例示すると。。。

  • 何をやっても,「さすが」と肯定される
    → 何が正しいのか分からなくなる・独善的になる
  • 大したことをしてなくても,喜んでもらえることがある
    → 横柄になる・横暴になる・努力をしなくなる
  • 相手のことを知らなくても,自分のことを知ってもらえている
    → 相手を見下す・自分を過大評価する

そして,こんな感じで勘違いしている人がけっこう多いよなあとドンヨリしてしまいます。「先生問題」はまさにコレの一種でしょう。たとえば私は,教諭を「先生」とは呼びません。だって,少なくとも自分にとっては先生じゃないから。

狭い業界で 有名人・重鎮はたまた大御所だなんて評価は,まったく無用ですし,実態にも合っていません。たかが大学の研究者・教諭・研修講師や開発者を大御所扱いするのはは百害あって一利無し!

難病や過酷な身体障害を乗り越えて,さらには人のために活動している方々には最大限の尊敬をします。同じく健常者であっても,なんの後ろ盾もなく生き抜いてきた人もそうです。

一方で,安定的な給料を得て,肩書で仕事ができているような人々(私も)については,業績や人柄を参考にこそしても,仮によく知られた人であっても大御所だんなて思える訳がありません。たいていは職務上当たり前の結果ですから。もちろん,例外はあるとして。

確かに,世の中には極めて優秀な人もいます。ただし,同じくらいの方は必ずいますし,唯一無二の存在ということはまずありません。まだ知らていないとしたら,私たちがただ知らないだけです。目立つ人は人前に出るのが好きか,ブランディングがウマいだけでしょう。

ですから,私たちは「裸の王様」病を作り出さないためにも無用なヨイショは不要です。そして,尊敬もしていない人に対して「先生」は付けないで構いません!

当然ながら,私にも「先生」は不要です!

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