「74歳の高校生」の奇蹟はまだつづきます。

By | 2016年7月14日

「74歳の女子高生」,板倉ミサヲさんの講演を無事終えることができました。
岩手県は滝沢市から姪っ子さんと上京し,7月9日から足かけ3日間の東京滞在。
このような機会を提供してくださったNEC CSR事業部とNPO法人ICT救助隊には感謝申しあげます。

20160712_02タブレット操作は,私の菜箸を軸にした自作スタイラスを使っています。
使いすぎて,咥える部分がすり減っていますね!
ミサヲさんの学校の校長先生が作った宮沢賢治のキーホルダー。

ミサヲさんは私の20年来の友人であり,同時に人生の先輩でもあります。
思い返せば,出会った時,私は大学2年生でミサヲさんはまだ50代。
ミサヲさんの髪の毛はまだ黒々していたような。

明るい性格なのに,いつも障害者施設での単調な生活を嘆いていたミサヲさん。
彼女の高度な知的好奇心を満たしてくれる友達もおりません。
その苦痛を少しでも和らげたいと思い,頻繁に外出に付き合ってきた私の学生時代。
北海道から神戸まで,いろいろなところに行きました。
東京へはクルマの屋根に車いすを載せて,何度も何度も行きましたね。
それから20年,今回のように多くの人の前でコンビとして話せる機会が持てたのは感慨深いものがあります。

20160712_03イベント会場では,ALS業界の重鎮・橋本「みさお」さんや岡部さんとも会いました。
ミサヲさんは日本を代表する最新型おばあちゃん。

20年前,ミサヲさんと連絡を取るには施設の電話に掛けるしかなく,職員に気を使いながら通話したことは,あまりいい思い出ではありません。
じきにお互い携帯電話を使うようになり,たいへん連絡が取りやすくなったのを思い出します。
ただ,ミサヲさんは携帯電話を自力で保持できないので,着信時にスタッフを呼ぶ必要がありました。
今考えればイヤホンでもすればよかったと,ちょっと悔やまれます。

その数年後に,今は懐かしいiモードのメールが使えるようになりました。
これは実に画期的なできごとでした。
以後,ミサヲさんは完全に自律的に外部と連絡を取ることが可能になったのです。
極めて器用な口遣いで,説明書も一切読まずに,菜箸で携帯電話を操っていました。

20160712_06人の講演はそこそこにメール送信に興じるミサヲさん。大学生と同じですね。
でも,本番にはめっぽう強い!

障害者施設の住人であるミサヲさんが,自分の都合で外部と双方向で通信できるようになった事実は,施設での生活を大きく変えることとなりました。
これにより,私とお出かけの日程調整などが簡単に行えるようになったのです。
施設生活者にとって,買い物などの外出は何よりうれしいイベントですから,外出を支援してくれる他人と連絡が取れるのはすごく重要です。

さて,メールはシンプルな通信手段ではありますが,機器の操作が必要ですし,当然ながら言語的能力が要求されます。
障害者施設に住む人の中には,十分な教育が受けられずに,本来の能力が生かしきれていない人が少なくありません。
その点,ミサヲさんは幼少期からの家庭教育が功を奏し,社会人として恥ずかしくないレベルの知力と常識を備えていました。

実はこれは驚くべきことです。
けっして豊かとは言えない地域で,昭和16年生まれの四肢の自由がまったくないミサヲさんが言語的能力ばかりか,社会性をきっちり備えていたのは一種の奇蹟の物語です。
明治生まれの先進的な両親が今のミサヲさんを支えています。
学校入学はちょっと遅れたけど,こうしてみなさんに知ってもらえるようになったことを,天国のご両親は喜んでいることでしょう。

20160712_04たくさんの若い人とお話しました。
お酒は大好きですが,まあ,あまり強くはないですね。

講演の冒頭では,Oculus Gear VR を装着しながら登場。
まるで「わしも」です。
そう,「2014年型の最新型おばあちゃん」。

ほとんどアドリブの講演でしたが,ミサヲさんの上手な切り返しで40分の持ち時間を無事終えることができました。
ミサヲさんの天真爛漫な笑顔は,きっと聴講者のみなさんを癒やしたはずです。
あんな笑顔ができるひとは少ないものですから。

イベント後は近くの居酒屋へ。
こういうお店に来ることはほとんどありませんでした。
かっこいい男性に食べさせてもらってご満悦のミサヲさん。

20160712_05ベタに東京タワー。
ほんとうはスカイツリーに行きたかったようでした。次回はぜひ!

次の日は東京タワーへ!
お昼はランチバイキングへ!
暑い日でしたが,楽しい上京になったと思います(たぶん)。

まだ高校1年生。
まるまる3年近く高校生活が残っています。
もっともっと経験を積んで,さらには大学にも行って欲しいですね。

結婚?
それは難しいかもしれませんが,夢の一人暮らしは可能かもしれません。
ミサヲさんが強く願えばきっと叶うはず。
だって,「私は障害者じゃない!心は自由よ。」って,どっこい楽しく生きているわけですからね。
ミサヲさんの奇蹟はこれからも続きます。

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