【抄録】第8回日本難病医療ネットワーク学会「難病の子どもの可能性を拡げる」

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第8回日本難病医療ネットワーク学会大会長の中山女史より,シンポジウムにお声掛けがあり参加することとしました。テーマは「難病の子どもの可能性を拡げる」。

残念ながらオンライン開催となりましたが,楽しみにしていたシンポジウムですので気合を入れていきたいと考えています。

せっかくなので,駄文ではありますが抄録を載せておきます。興味のある方はぜひ学会にご参加ください!

視線入力が拡げる子どもの可能性
~テクノロジーによる「わかっている」ことが「わかる」支援~

「スイッチ」の限界
障害の重い子どもが使う支援機器といえば,スイッチ操作を伴うものや,タブレット端末のように画面のタップが必要なものであった。これらの機器は,能動的な身体動作を必要としており,比較的高度な認知および身体能力がなければ活用することが困難であった。

重度重複障害者のように認知面に困難がある場合は,そもそも機器の操作を理解していない可能性が高いと言わざるをえず,その効果的な利用は極めて困難であった。それでも,支援の現場ではスイッチやタブレットを与える例が数多くあり,日々後悔と失望が死屍累々と積み重なっている。

「視線入力」の可能性
スイッチが能動的な動作による操作方法だとすれば,視線入力はそれのみならず,「受動的な操作」を実現する方法であるといえる。たとえば,重度重複障害のある子どもに,親の顔と見知らぬ他人の顔をPC画面に提示した状態を考えてみる。実際に試してみると,視線の動きからその子どもは親の顔を見る時間が多くなる傾向が客観的に観察できる。つまり,その子どもは親の顔を認識しているのだ。当人からすれば能動的に視線操作をしているつもりはないが,何気ない目視という動作が結果として視線入力になっているのである。

もともと視線入力は,軍事技術であったり,福祉教育目的であれば比較的高度な文字入力を実現するためのものであった。一方で,先ほど示した例では,子どもは「能動的な操作」をしてはいない。客観的な観察および考察こそが重要な利用方法であると言えるだろう。

「直接的利用」と「間接的利用」
高度な視線入力により,文字やシンボルを選択してコミュニケーションを行うのを直接的利用と定義できるなら,他人による観察や考察が意味をなす利用方法を「間接的利用」と定義できる。

難病患者を含む重度障害者による視線入力の利用においては,この間接的利用が相対的にもっとも効果の大きい利用方法である。なぜなら,スイッチ操作も行えず,視線入力による高度な選択も困難な当事者には,テクノロジーによる有効な手立てはまったく無かったからである。

視線入力が拡げる子どもの可能性
視線入力は手足が動かせずとも,眼球運動のみで高度なコミュニケーションを実現する。一方で,重い障害により能動的にテクノロジーを活用できない重度重複障害の人たちにも利用価値がある。

彼らの「わかっている」がまわりの人に「わかる」からだ。当事者の「わかっている」が客観的に提示されると,まわりの人たちは変わる。それは当事者の環境を改善することにつながり,その結果,あらゆる可能性を拡げる効果を生むのだ。

ざっと他のシンポジウムを眺めてみますと,ハーティーラダーの吉村さんや,お世話になっている織田友理子さんもいます。その他にも顔見知りの方がチラホラ。

「難病」というククリですから,世界が狭いのでしょうね。

ただ,やはりというべきか,登壇者に教育関係者は極めて少ない印象です。

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