ヒントは遊びの中にアリ。

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高精度センサーをはじめハイテクな道具がどんどん生物の器官に似てくるように,「学習」という一見機械的な行為の基本原理は,そこらの子どもの遊びの中に宿っています。

子どもはとにかくすべてを遊びにし,その柔軟で豊かな世界に驚かせられます。
任期付きパパの私には特にそれを感じやすい状況。
毎日であれば当たり前になることも,たま〜にであれば,冷静に自分の日常とのコントラストを感じることができます。
どっぷり子どもの世界に入るのは,まるで異次元空間に放り込まれたかのようですね。
(実際に,時間感覚・常識や言語的コミュニケーションは崩壊)

子どもは,戦場でも空薬莢を遊び道具にしてしまうように,日常生活においてもさまざまざまな物・現象をゲーム化します。
遊ぶことは子どもの生存本能に組み込まれた基本行動。
自らのシナプスネットワークを最大限に張り巡らせるための,脳による決死の活動です。

生きるには,食べることや排泄することが必要なように,人間をより人間らしくするには遊びが必須です。
遊びが上手な人は人生を楽しめるでしょう。
見方によっては,人生自体がゲームとも考えられなくもありません。

でも,特に日本においては「遊び → ゲーム → しょせんゲーム → ふざけたもの → 無駄なもの」のありきたりのフローで考えられがち。
子どもの遊びへの執着ときたら凄まじいもので,まるで人生を賭けているともいえるくらいに。
遊びは必須アミノ酸と同じように,人間を上手に構成する必須な要素と思わざるを得ません。
人間は「学習」により人間になります。

遊びは「学習」そのものなのです。
イグノーベル賞が研究そのもののように。

おもちゃは,遊びを効率化した道具。
いわばビタミン剤のようなもので味気なさを感じてしまいますが,使用シーンによってはとても役立ちます。
特に,実際に手を使って工夫をしながら遊ぶおもちゃはいいですね。

では,身体が動かせない子どもたちはどうしたらいいのでしょうか?

動けないながらも子どもは工夫します。
本来,制御できないはずの機能もコントロールするようです。
まずはそれを信じることから始まりますね。
いくつか具体的なアイデアがありますので,徐々にはじめていきたいと考えています!

いやー,しかし子どもと遊ぶのは疲れますね(*^^*)

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