工学系の専門家が福祉・教育現場に入って注意すること

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2010年に一橋大学に赴任してから,1995年の大学入学以来ずっと興味のあった福祉情報工学の世界へ飛び込みました。それまでは,主に医療用画像や情報システムの技術者&研究者として働いてきました。ちなみに,障害者のICT利用に関心が出たのはこんな理由からです。

福祉情報工学分野は福祉や教育関係者との接点が多いですし,学校や病院などの現場に行くことも少なくありません。そのような中でよく思うことがあるのです。「こんな簡単な技術で驚いてくれるのか。。。いくらでも騙せてしまうな。」ということです。ヨイショでおだててくれているケースもあるかと思いますが,工学系の専門家は便利屋になりやすいだけに,より注意しないといけません。

私なんかは工学系の最先端からは落伍した研究者です。正直なところ技術者としても3流以下。過去10年で研究費はたくさん取ってきた自信はありますが,インパクトファクターのある論文は皆無。地方国立大学の最下層の教員で,出身大学は地方中の地方の駅弁大学。研究者としてのメインストリームからはカンペキに外れた場末の人間です。

そんな人間であっても,福祉や教育の現場では「技術に詳しい」で通用してしまう恐ろしさ。確かに,現場の教諭の「技術に強い」は,パソコンに詳しかったり,ちょっとプログラムが組めたりするだけでいいようです。校内ネットワークが組めたら神。コメディカルも,マウスを改造してスイッチを付けるだけで「すごい!」となります。これまで会ってきた教諭やコメディカルの中に「技術に強い人」を見たことがありません。それらに比べれば,私であっても「技術に強い」のかもしれません。

これはまるで,プロ野球2軍ベンチのまま引退したおじさんが,地方の軟式少年野球チームに出張指導ときの「さすがプロはすげー」の状態。そんなおじさんでも,純朴な少年たちにとっては元プロですから,ヘタなアドバイスでも受け入れてしまい。。。ちょっとおかしいなと思っても言えない雰囲気ですしね。地元の草野球出身コーチでさえ,野球にもっとも詳しいという環境ですから仕方がありません。

同じように教育や福祉の現場は,何となく技術に詳しいくらいの人や聞きかじりで知っている程度の「技術に強い人」が野に放たれているすごい状態。本当の専門家の集まりにいたら瞬殺されるレベルの人がデカイ顔をしているのです。オームの法則やキルヒホッフの法則もわからない人が電子工作を指導し,実用ソフトウェアのみならずフリーソフトのひとつも作ったことがない人がプログラムの先生に。サブネットマスクも理解していない人がネットワークを管理している現場があったり。果ては,デジタルガジェットを収集しているだけの人が「技術に強い人」属性になるコントのような事態。

つまり,技術の体系的な知識がない人が,福祉や教育現場の純朴な人たちに我流のクセの強い技術を教えている可能性が高いのです。となれば,技術的に間違っていたり危険だったりすることもあるでしょう。

福祉や教育の分野では「ICT」が高らかに叫ばれる中,ド素人だけで教え合っている笑うに笑えない状況です。さらには専門崩れの私のような人間が「技術に強い」ということで無条件に受け入れられてしまうキケンな現場。ついつい,工学系の専門家や元専門家が「自分はすごい」と勘違いしてしまいかねない土壌があるのです。勘違いとは恐ろしいもので,時には独善的になったり,意図的ではなくても間違った情報を教えて現場に混乱を引き起こします。

一方で,少し冷静になってニュートラルに現場を見つめれば大丈夫。現場に入ってニーズをよく理解し,培ってきた技術を背伸びせず偉ぶらずに応用すればいいのです。合わせて,それぞれの現場での専門家である教諭やコメディカルの専門性を尊重したコラボレーションを常に意識すればいいのだと思います。

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