【受賞スピーチ】この世界の片隅に、私の活動を見つけてくれてありがとう
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2026年4月10日、帝国ホテルで行われた吉川英治文化賞の贈呈式でのスピーチスクリプトです。
贈呈式については、後日報告します。
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30年前、私が大学生だったころ、1996年のことでした。まだインターネットの黎明期でメールを使う人は多くありませんでした。私は根っからのパソコンオタクでしたので、すぐにインターネット回線を引きました。
まもなく知り合ったのが、同じ盛岡に住むパソコンに詳しい方で、意気投合しさっそく食事に行くことになりました。
実際に会ってみるとなんと全盲の方でした。私は、実際に会うまで全盲であることに気づけなかったのです。後で考えてみれば、少しの変換ミスがあったり、改行位置がずぶんきっちりしているなとは思いましたが、全盲の方とやりとりだとは思いませんでした。
その時感じたのは、実社会ではたいへんな障害があってもネットワーク空間の中では、障害はなくなるということでした。
本日、ここに招待者として列席されている工藤滋さんがその人です。当時、岩手県の盲学校の教員をしており、今は筑波大学の教員をされています。
また、この場に来てくれた私の仲間は実に多様な方たちです。難病で手足が動かない方、脳血管疾患の夫を持つ方、アメリカで重度障害の子どもを持っていた方、重度障害のある人の働く場を提供している人など様々です。
みなさんに共通しているのは、テクノロジーを活用して社会参加しているという点です。
今、私は重度障害児を対象に、視線入力やゲーミフィケーション技術を活用して「わかっていない」とされている子どもたちの「わかっている」を明らかにする活動をしています。
「わかっている」ことが「わかる」とまわりが変わります。結果的にその子たちの可能性を伸ばせるのです。
ここに来ているミナトくんは、一見何を考えているのか、何を理解できているのかわかりにくいのですが、視線入力により「わかっている」ことがわかってきました。これはお母さんのモチベーションを高め、これから生きる希望になります。その結果、ミナトくんの可能性を高めます。
しかしながら、なかなか陽の当たらない分野ですので、この度は、このような栄誉ある賞を頂戴してたいへん恐縮しております。
ちょうど10年前「この世界の片隅に」というアニメ映画がありました。戦時中を懸命に生きる名もない女性を描いた作品です。
主人公は物語の最後、夫にこう言っていました。「この世界の片隅に、うちを見つけてくれてありがとう」。
まさに、私も同じ気持ちです。この賞を運営されているみなさま、私と活動を伴走してくれたみなさま、私を見つけてくれてありがとうございました。
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【カンペ】
- 1996年
- 食事へ
- 全盲だった
- 障害がなくなる
- 工藤さん
- みなさん紹介
- テクノロジー利用
- 今の活動
- 子どもの可能性
- 日が当たらない
- この世界の片隅で
- ありがとう

