転移_2026年3月16日

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確定申告の最終日、朝イチで大学に出てから、昼前には30km先の岩手医科大学附属病院へ向かった。

先月はCT、今月はMRI。今日はその結果を聞く日だ。

今回も、なんとか転移なし。

正直に言うと、肺内への転移はかねてから認められている。ただ幸いなことに、今のところおとなしくしてくれている。脳への転移がないのは、何よりの救いだ。
毎月の血液検査・抗がん剤・レントゲン、数ヶ月に一度の断面撮影——もう9年、そんな生活が続いている。もし時間休が取りにくい仕事だったら、とっくに退職していただろう。がん治療には、とにかく時間がかかるのだ。

検査結果を聞く瞬間は、毎回緊張する。

SNSでは「検査、異常なしでした!」という投稿をちょくちょく見かける。緊張から解放された喜びは、自然と書きたくなるものだ。では逆の場合は? 多くの人は、書くのをためらうだろうと思う。

そういう投稿を時系列で追ってみると、決まって検査前の書き込みはない。おそらく、異常があったときは書かない——いや、書けないのだ。

自分だって、もし脳腫瘍が見つかれば、すぐには書けない気がする。それどころではないし、同情されるのも、メシウマのネタにされるのも、正直ごめんだから。

人生の18%(社会人としての人生の32%)を、肺がんステージ4として生きてきた。「病人」という属性もすっかり板についてきたが、それでも健康だった頃の自分のイメージを、まだ捨てきれていない。

今「健康」とされている人の中にも、実は病気を抱えている人は多いはずだ。ただ気づいていないだけ、というケースも少なくない。そして、事故でもない限り、誰もがいつか病気になり、死を迎える。

この9年で、ひとつの仮説が確信に変わった。
「死を意識することで、人生は加速する」

ポモドーロタイマーが締め切りで集中を生むように、病気という制約を逆に活かすのだ。

人生は、思いのほか短い。明日の朝、「この朝も有限であり、迎えられなく時が突然やってくるかもしれない」と意識して目覚めてみる——そうすると、今日やるべきことの優先順位が、きっと変わるはずだ。

さて、令和7年分の確定申告は無事に終わった。来年の確定申告も元気にこなせるよう——それもまた、人生の目標のひとつにしよう。

※「転移」という言葉に期待してリンクを開いてくださった皆さん、残念でした。でもご安心を。いずれそういう報告もしますから。