【訃報】板倉ミサヲさん、ご逝去(2026年10月29日未明)
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ミサヲさんは肉体からは離れましたが、葬儀会社のお知らせにあるような「永眠」は決してしていないと思われます。
今ごろ、世界をまわって「ハロー!」なんて言って、夢だった世界旅行をしているに違いありません。
抜け殻のミサヲさんにはまだ会えます。
3日間ほど、盛岡市内の葬儀会社にあるそうです。
私もすぐに伺います。
生前、何歳になっても愛嬌のあるミサヲさんでした。
もし、五体満足のまま育っていたら、東大入って、起業して、ワタクシなんかはアゴで使われていたことでしょう。
実に頭のいい方でした。

告別式は11月2日(月)午前11時から、「青山長安殿」で執り行われる予定です。
遠方にお住まいの方など、参列が難しい方もいらっしゃるかと思います。
私が代理で参列いたしますので、お悔やみの言葉やお香典をお届けしたい方は、以下のフォームからお申し込みください。
皆さまのお気持ちを、責任を持ってお届けいたします。
【板倉ミサヲさん】告別式の代理参列のお申し込み
https://forms.gle/FxTRjsFv6399rm969
改めて、お知らせします。
ワタクシの大先輩であり、魂の師匠でもある板倉ミサヲさんが86歳でご逝去されました。
大往生と言っていいのかもしれません。
戦時中に健康に生まれ、戦争のどさくさの中で、今で言う医療過誤により四肢麻痺となりました。
生まれは岩手県宮守村の田園の中のお家。
ご両親の当時としては極めて先進的な見識と取り組みにより、学校には就学免除で通えなかったぶん、当時できる限りの教育受けていたようです。
驚くほどの教養があり、博識で、歳をとっても口だけでハイテクを使いこなすスーパーばあさんでした。
私が出会ったのは大学2年生の約30年前。
学生ボランティアを募って、車の屋根に車いすを載せてどこにでも行きました。
東北圏内は数え切れないくらい、東京には何度も、愛・地球博や北海道にも遠征しました。
今、バリアフリーマップアプリの開発や障害者支援の活動が行えているのは、ミサヲさんとの時間やお出かけの経験がたくさんあるからこそ。
ここで、それを言い尽くすことなど到底できません。
ざっと検索して出てきたミサヲさんと過ごしたときの写真を載せておきます。
時期をみて、お別れの会を行えればと思います。
















































































































































ミサヲさん、いたずら待ってます。
